掃骨鍼法で“はり”を活かしきる

若葉マーク鍼灸師に贈る私の思い出の症例 39


「どんな治療も体にこたえるからアカン!」と言いながら来院した
痛み、ひきつり、こわばりなど多岐にわたる愁訴を持つ
虚弱患者の例


                                  こばし鍼灸院 小橋正枝

 若葉マークさん、はじめまして。 鳴かず飛ばずで、いつの間にやら鍼灸師27年生になってしまった感じのハリキュウ大好きおばさんです。よろしく。


 さて、多くの先生方が、貴重な症例や学術的な報告をしていらっしゃる中で、私は、何をお伝えできるだろうかと悩んだが、鍼灸臨床現場のありのままの姿をお伝えすることも、鍼灸師の存在価値、鍼の可能性を考えてもらう一助になるかなと思い、この稿をお受けした。ここでご紹介する症例は、腰下肢から末梢に到る痛み、ひきつり、こわばりなどを主訴とする虚弱患者の例である。


ある日、あるドクターへの手紙


○○先生ご侍史
 先日は患者M様をご紹介いただき、誠にありがとうございました。たいへん神経の過敏な方なので、インフォームドコンセントを密にし、細心の注意を払って治療に当たらせていただきます。私どもの治療方針につきましては次のように説明させていただきました。

 「術後であれ、事故の後遺症であれ、日常動作の疲労蓄積であれ、体内の処々に起きていることはといえば、血流が悪くて異物化してしまっているという姿です。土地に例れば、“踏み締められて草も生えない畑”“ガレキまで埋まってしまった荒地”。そういう所へは、いくらお水を撒いても肝心な所へは浸透していかない。溝に抜けて素通りしてしまう。

 そこで、私たち鍼灸師は“はり”という道具を使って、荒れ果てた部分を耕してあげる。ひと鍬ひと鍬、塊りをほぐして、通気・通水のルートを取り戻せるよう、お手伝いをさせていただきます。

 そうすれば天然自然の浄化作用もはかどるでしょ? 身体だって同じです。故障した個所は、生体自身がどんなにか自力で修復したがっている。そのサインが痛い、だるい、突っ張る、しびれる、むず痒い等々。
 
 私たち施術者は体表から探り出して行きますが、最終的に傷病の震源地を見付け出せるのは患者さまご自身です。日々の動きの中で身体がくれるサインに耳を傾け、記憶しておいてください。次回の治療に加えていきましょう。畑だって一旦耕してしまえば、後の手入れは簡単でしょ? 身体も同じ。私たちも、宙(そら)の一員ですから。

 当初はメンケンも出るでしょう。青ジミだってできるかもしれない。微熱が出たり、痛さやダルさが移動していくだけのように思える日もあるでしょう。けれど生体は、ジャストミートしてフレッシュな血液さえ灌流してあげれば、不用物質の後始末をして再構築、必要な物を作り出してくれる。

 “超回復という能力を持つ生体”と“ハリ”の関わりは絶妙で、いったんは悪化したようにみえても、必ず元より良い修復をしなおしてくれる。筋トレはそれを活用したものですよね?

 今はつらいサインばかりだけれど、それは起死回生を賭けて必死の要求を出してくれている身体の作用と考えられます。もちろん、その身体という畑に撒くお水・肥料はMさんが召し上がるお食事からでき上がってくるのですから、好き嫌いを減らして身体に良い食品を吟味して、楽しく召し上がってくださいね。(後略)」

MさんはかつてA病院でヘルニアの手術を受け、その後また悪化してB病院で加療中。X線、MRI、EMGなどは正常範囲とのことだが症状はよくならず、 B病院整形外科から患者の希望する開業医○○先生の所へビタミン剤注射等の依頼があったという患者である。

 当院へは○○先生から、坐骨神経痛の同意書(健保扱いのための)を得てこられた。

 スリムで長身の彼女(当時48歳)は腰下肢から末梢に至る痛み、ひきつり、こわばりなど主訴は多岐にわたっており、「言ってもわかってもらえないし、辛さもつらしで我ながら厭になる」とヤケのヤンパチ状態。「主訴あるところ必ず異状あり」の筆者の体験から、「骨でさえも生きた細胞で、2~3年の周期でもって再構築し続けている。ただし血液循環がなきゃ、それも死ぬしかない。枯れるしかない。からだは、ただの棒杭じゃあないんだよ。干物だって、水を含めば弾力が出るでしょ。ましてや、いくらボロボロだとしても生身の身体でしょ」といった具合でおよそ2カ月、補助手段の低周波(日本メディックス社セダンテ520湿性導子使用)も10mAと、一般患者の1/3~1/4の低い値で抵抗してしまうので、まだまだ長期戦だなと思いながらも、骨盤の夜間痛がピタリと止まった、こむら返りが起きなくなったことなどを通して希望を持ち始め、会話も弾み始めた。 


「掃骨鍼法」は的確に把握した病巣を細心の雀啄術で掻爬する


これは、「何をしても体にこたえる。どんな治療(オーソドックスな鍼も含めて)もアカン」と言いながらやって来た方の一症例だが、このように虚弱な人であれ、標準人であれ、はたまたスポーツマンであれ、治療ポイントは同じと考えている。というのも、私どもの治療室を訪れる患者さんは、体力筋力の差こそあれ、身体を動かす部分の不調を主訴とするものが大部分だからである。

 体重のおよそ50%が筋肉、20%が骨、締めて70%は身体を動かすための道具、運動器。残り30%の内臓や脳ミソはその中に埋まっている。したがって、運動器をベストに保つことが生体に悪かろうはずがないと単純に考えて、その起始部・停止部・付着部のサビ取り油さしを、鍼治療の大切な一翼と位置付けているのである。

 骨格に対応する鍼法について、かつては邪道とか技術の未熟とか言われた時期がありましたっけ。けれど、以前テレビで観た韓国ドラマ「許浚(ホジュン)」 の中で、主人公ホジュンが科挙の試験を受ける場面があり、その口答試問が骨格にまつわる鍼法についてだった。ワクワクした。

 因みに『黄帝内経霊枢』にも「官鍼第七第三節第八法 短刺」の項に「八に曰く短刺。短刺とは、骨痺を刺す。やや揺がして之を深くし、鍼を骨の所に致して、以て上下して骨を摩すなり」とある。

 その現代版ともいえるのが「小山曲泉流掃骨鍼法」である。その応用については、『ひとを治療する―43人の東洋医学臨床家の治す悩み克服法』(医道の日本社)、同法を駆使して克服した「ムチウチ損傷の症例報告」を『医道の日本』2005年4月号の中に載せていただいている。少し古いものだが、目指すところと心意気は今もちっとも変わっていないので、興味がわいたら覗いてみてほしい。

 以下、私流Bone therapy (骨格ケレン)の一部をご参考までに。
 
 用鍼は寸6‐4番(50mm‐0.22mm)2寸‐8番(60mm‐0.30mm)を主軸に上下数段構えの用意をしている。ターゲットは骨格を根っこにしたシコリ(多くは起始部・停止部・付着部に発生している)や、深部痛を含む異常感覚等。

 運鍼は、軟部組織の損傷を最小限に、的確に把握した病巣を細心の雀啄術で掻爬。この操作法に適うならば、あえて太い鍼を選ぶ必要はなく、むしろ運動器系、とりわけ骨格筋の、支点・力点・作用点というように、その動きの方向性を熟知すること。そしてなによりも大切なのは、インフォームドコンセントを密にして、患者に一緒にやり遂げる気持ちを持ってもらうことに他ならない。

 このたびは、症例報告というよりも臨床を語るかたちになってしまった。読みにくい文章を最後までお付き合いくださった皆さん、ご精進をお祈りしています。そして、いつか、どこかで技術交流できることを楽しみにしています。